「とっておきの中央ヨーロッパ」

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○ 第6日目 (5/23)

中欧旅行の観光も今日が最後だ。今朝もいつものように早く目覚め、窓の外を見ると曇り空で、薄暗い。
パノラマホテル・プラハ
6時前にホテル周辺を散策する。プラハの中心部から離れているので、広い道、緑の街路、点在するマンションと空間が多い。近くの地下鉄の駅に 向かう。日曜日なので人通りはなく閑散としている。
地下鉄の駅
今日も午後に自由行動があるが、午前中の観光ルートを確かめた後、24時間チケットを買うか検討することにする。
地下鉄の駅の横の建物がスーパーやショッピングセンターになっているので、最後の買物も楽しめそうだ。
ホテル周辺もまだ開発中で、工事現場の間を縫って戻る。少し郊外だが、交通の便も良く、スーパーもあり位置的にもgoodなホテルだ。
モーニングコール6時15分、朝食6時30分~、集合7時55分とゆっくりとした朝の時間だ。
朝は、今回の目玉の一つである阪急交通社特別チャーター・歴史トラムでの市内観光の後、世界遺産・プラハ歴史地区観光、カレル橋、旧市街観光を 行い昼食となる。
昼食後は自由行動で、旧市街の時計台に上る計画をしているが、フリーに楽しもうと考えている。さあ、どうするか!?
朝食は何時ものようにバイキングだが、野菜も豊富にあり、パンも美味しくゆっくりといただく。今回の旅行の朝食は野菜が少ない傾向だが、 パンは美味しく、ハム・ソーセージ・チーズとヨーロッパの食材は美味しかったのは嬉しい。
歴史トラム
歴史トラム
7時55分、全員集合してバスでトラムの車庫に向かう。早い出発は特別列車(トラム)に乗るためで、日曜日の静かなプラハ市街を進む。
歴史トラムは80年前のトラムで2両編成になっている。それぞれの車両に分乗するが、座席は木製で、揺れる度にお尻が痛くなる代物だ。
プラハ城の裏側の車庫から、プラハ城を通り、坂を下り、ヴルタヴァ川沿いを通り、橋を渡り、旧市街地をぐるっと廻って、再び橋を渡り、 お城の入口に向かうコースだ。
この歴史トラムは日頃走っていないので、市民や観光客がカメラを向ける程、珍しいトラムのようだ。
プラハ城を望む
現地日本人ガイドの案内で、車窓からガタガタと振動の多い歴史トラムから見学する。
「プラハ城」の塔だけ眺め、なまえを忘れた古い洋館や石畳の道を進むと下り坂で、ウネウネ曲がる坂の中ほどには「ライオンの像」が建っている。
ヴルタヴァ川沿いの線路からは対岸の「国立美術館(?)」の立派な建物が望まれ、ステファンクブ橋を渡る時には遠くに「プラハ城」の姿が丘の上に 堂々と建っているのが眺められる。
自由行動の時に、24時間チケットを使って通ろうと思っていた路線を巡ってくれるので、午後の計画は変更しなければと思いながら、 プラシの景観をトラムの車窓から楽しむ。
ステファンクブ橋を渡って旧市街の狭い道を縫うように進んで行く。日曜日なので人通りもない静かな通りを進む。
ヴァーツラフ広場は幅60m、長さ750m、中央に分離帯があり幹線道路といった様子だが、広場の突き当たりにある重厚な建物は国立博物館が 建っている。 この広場は民主化運動の「プラハの春」の歴史の舞台となった所だとのガイドの説明に改めて見入る。
通りや建物の案内があるが、整理してみてもどれがどれか分からないが、旧市街地はゆっくりと歩けば趣きのある街並みで、自由行動の 時にポイントを絞って訪れようと地理勘を養っておく。 旧市街地を廻って、マーネス橋を渡り、「プラハ城」の入口に向かう。
 
ライオンの像 →石畳の道
国立美術館(?)
ヴァーツラフ広場と国立博物館

画像をクリックすると拡大します(以下の画像も同様)



10時前、「プラハ城」の入口で、歴史トラムとお別れしてお城に進むと、日曜日で観光客が一杯で、なかなか前に進み難い、
聖ヴィート大聖堂 →外壁の装飾
城門から中に進むと立派な「聖ヴィート大聖堂」が迎えてくれる。
プラハ城は880年ごろ、ヴルタヴァ川を見下ろす丘陵に砦と城下町が形成されたのが始まりで、一時の衰退期を経て、14世紀半ばに ボヘミア王カレル1世によって大規模な改築が行われました。
後にカレル1世は神聖ローマ帝国皇帝(カール4世9に選出され、プラハは神聖ローマ帝国の首都となります。カール4世は首都にふさわしい町並みにすべく、 各国から名建築家を招いて、プラハ城の拡張工事に乗り出します。
旧王宮
特に、プラハ城の中にある聖ヴィート大聖堂は壮麗なものに改築が始められ、その後のプラハが宗教改革に伴う騒動で混乱期になってしまった こともあり、完成までには600年という長い時間を経て1929年に完成。 ゴシック、ルネサンス、バロック様式といった各時代の建築様式が融合したものとなっています。(プラハ観光案内等HPより)

内部には入場しなかったが、立派な「聖ヴィート大聖堂」を見上げ、その外壁の装飾の見事さに魅入る。
観光客が多く、同じ場所に長く留まっていられない位だ。
中央の広場から、大聖堂を眺める。 広場の反対側には「旧王宮」が建っている。
 
プラハ城の屋根
噴水
聖ヴィート大聖堂
大聖堂 →外壁の装飾

旧王宮の広場
「旧王宮」「聖ヴィート大聖堂」を見学し、「プラハ城」の正門に戻る。
ガイドの説明と場所が合っていないかも知れないが、この「旧王宮」の 広場で、昨年オバマ大統領が核廃絶の演説を行ったのだと。
歴史の重みを感じて、元の門から外に出る。ここから坂を下って「カレル橋」に向かうコースだが、ここも観光客で一杯だ。
西欧人の国籍は分からないが、地元の方よりも外国人が多いのだろう。東洋人の姿は余り見られない。中国・韓国はまだ 中欧への人気がないのだろうか。
少し進むと高台にそびえる「プラハ城」の展望台になっている。
展望が開け、プラハ市街が一望できる見晴らし台で、一息入れる。
教会の青い屋根、民家のレンガ色の屋根の向こうにはヴルタヴァ川が眺められる。美しい光景だ。ここから下る石段と横のレンガの壁が なかなかのものだ。この石段を雰囲気を楽しみながらゆっくりと下る。
青・レンガ色の屋根
雰囲気のある石段

石段を降り切り、上を見上げると丁度人が居ず、雰囲気一杯のレンガ色の壁と石段をパチリと。
坂道の街並みを楽しみながら、景観を写しながら進む。ビルの壁面に飾られている装飾品も珍しく面白い。
 
レンガ色の壁と石段
坂の街並み
坂のカフェ
壁面にの装飾品

坂を下ると「マラー・ストラナ広場」に至り、曲がった前方には立派な教会が建つ。
「聖ミクラーシュ教会」で18世紀に完成した豪華で壮麗なバロック様式の教会で、1787年、モーツァルトがこの教会で演奏したオルガンが現存していると。
広場にはクラシックカーが数台停まっていて、何となく広場・教会との雰囲気に合っている。
 
マラー・ストラナ広場
聖ミクラーシュ教会
クラシックカー


トラムの線路
マクドとカレル橋
石畳の道を下りながら「カレル橋」に向かう。
途中、トラムの線路を渡るが、この線路は朝の歴史トラムで通ったルートだと、HPを作成していて分かる。乗り物の上からの光景と道からの 光景が一致しないのは当然か?
しかし、見事な石畳の道とトラムの線路が、中世の街並みに合っているのに驚く。
いよいよ「カレル橋」に近付き、橋の塔が見えて来た。
古風な街に進出しているマクドナルドの看板と歴史的な「カレル橋」の塔の対比は 面白い。
カレル橋







カレル橋は、 ヨーロッパに現存する最古の石橋。神聖ローマ皇帝カール4世の治世下1357年に建設が始まり1400年に完成した。
1841年までプラハ旧市街とその周囲をつなぐ唯一の橋であった。また、西欧と東欧の交易ルートとしてプラハが重要な地位を 占めるようになった。
橋の長さは516mで幅は10m。16連のアーチから構成されている。また橋を守るために3つの塔が建てられており、特に 旧市街側の塔はゴシック様式の建築として名高い。橋の欄干には15体ずつ、合計30体の彫刻が並んでいる。その多くはバロック様式である。
カトリックの聖人ヤン・ネポムツキー像の基部にあるレリーフに触れると幸運が訪れるといわれ多くの人に触られたためつるつるになっている。 (プラハ観光案内等HPより)

「カレル橋」の入口の塔の下には中世の兵士の服装の衛視が立っている。橋の向こうで集合する自由行動になる。
ヴルタヴァ川の流れ
プラハ城を見上げる
石畳の街路から「カレル橋」の石畳に自然と続いて行くので、塔や衛視がいなければ分からない位だ。橋の上は観光客がいっぱいで、 景観を見たり、彫刻を眺めたり、露店の絵を見たりと楽しんでいる。
岸の中ほどからは、広いヴルタヴァ川の流れや丘の上の「プラハ城」を見上げ、雄大な景観を満喫する。
西洋人に有名な「聖人ヤン・ネポムツキー像」の基部のレリーフは金色に光っている。皆さんを真似をして、幸運をいただくために触れて祈る。
ガイドの説明の中で、宣教師として来日した聖ブンシスコ・ザビエル像があり,彼が布教した東洋の人々が彼を担いでおり,その中の一人は ちょんまげ姿の日本武士像であると云うので探す。
画家がスケッチ画を描き、売っている露店がたくさん出店している。好みの画風の前には人だかりがしている。芸術の橋でもあるのだ。
 
衛視
ヤン・ネポムツキー像 →レリーフ
カレル橋の観光客
カレル橋の塔
 
橋の上の画廊
ヴルタヴァ川の流れ
カレル橋

「カレル橋」の旧市街側に集合し、旧市街に進む。
時計台 →聖人
観光馬車
時計台の観衆
学校や教会を見ながら、細い道を縫うように進む。
ガイドの案内はあるが、固有名詞は頭の中に残っていない。
石造りの街並みの中には、観光馬車が走り、中世の街並みを楽しみながら、旧市街の中心部にある「旧市庁舎」や「時計台」に向かう。
「時計台」の前には、たくさんの観衆が定時刻の「からくり人形」が出て来るのを待っている。
もう直ぐ11時になるので、人混みの中に入り、時計を 見上げていると、鐘が鳴り、時計の上部から聖人が顔を出して廻って行く。
拍手が起こり、「からくり人形」が終わると、更に上の 窓から、ファンファーレが鳴るのが小さく望まれ、旗が振られているが、高くてはっきり見えない位だ。
今日の午後、自由時間にはこの時計台の上に上る計画になっているので、上からこの観衆を眺めるのも楽しいだろうと想像しながら、 次の行程に向かう。
旧市街の中心部の細道を曲がりながら進む。なかなかモダンな道筋で、変わった店が立ち並ぶ。
余り興味のないボヘミアングラスの店に立ち寄り、食事処に向かう。途中のビルの壁面には落書きが描かれているのは日本と同じだが、 何かセンスがあるように感じる。
お洒落なレストランで昼食となる。ガイドがここのの黒ビールは美味しいと云われ、早速注文する。普通のビールと頼み、新しいカップを貰って 黒と普通のビールでハーフ&ハーフを造って飲む。美味しい!!
同席の仲間の方にも勧めて、チェコ料理とともに楽しむ。ビールは60コルナ(300円)と安く、美味しいのに驚く。お代りをしてビールを堪能する。
 
モダンな小道
落書き
ハーフ&ハーフ →チェコ料理



美味しいビールを満喫し、ホテル集合19時30分の予定で、オプショナルツァーに行く方と別れ、自由行動に向かう。
時計台
バザール →おもちゃ屋
プラハのパトカー
自由行動の計画時点では、24時間乗車券を買い、トラムに乗って「プラハ城」近辺を周遊し、「時計台」に上ろうと企画したが、 歴史トラムで、計画した路線を走ったので、トラム乗車は止め、「時計台」に上った後、早目にホテルに戻り、休憩することにする。
「時計台」に向かう途中、日曜日なので、通りの真ん中にバザールが出店されている。色々な土産物が売られていて、 何故か魔法使いのおもちゃがたくさん飾られている。
西欧人は魔法使いが好きなようだ!?
少し買物をし、歩いていると、歩行者天国の石畳の道に、パトカーが停まっている。初めて見たのでパチリと。
「時計台」の広場に入ると、堂々と「時計台」が建っている。全体を写すにはもっと端に行かねばならない位、改めて高いのに驚く。
14時に合わせて、観光客が集まりつつある。「時計台」入場の窓口を探して、チケットを求めると何か云っている。良く分からなかったが、 65才・・・の言葉で、シニア割引があるようなので、パスポートを出そうとするとOKと。普通料金40コルナ(200円)の半額となる。親切な係員に 礼を云って、少し離れたエレベーター乗場に急ぐ。
エレベーターは混雑していて、1台待ち、満員で上昇する。歩いても上れるようだが、降りた所から展望台までも、結構階段が長い。 やっと展望台に着くと見事な展望が広がる。
プラハの屋根、屋根
プラハ城を望む

やがて14時になり、展望台の窓からのぞくと下は観衆がいっぱいで、こちらを見上げている。
鐘が鳴り、聖人のからくり人形が廻り始めたのであろうが、ここからは見えず、拍手が聞こえて来る。からくり人形が廻り終えた頃、 横の窓から騎士の格好をした男性が、トランペットを吹き出した。ここでファンファーレの演奏をしていたのだ。 ファンファーレが終わると旗を大きく振り、一連のセレモニーを終えた。
間近で、下から見上げた演奏や旗振りを見ることが出来、やはり この時計台に上って良かったと実感した。
 
時計台下の群衆
ファンファーレを吹く騎士
展望台から →教会

気持ち良い風を受けながら、展望台をゆっくりと一周し、プラハ市街の光景を東西南北堪能する。天気も良くて絶景だ。 休憩している騎士の方と記念撮影をしたりと展望台でゆっくりとくつろぐ。
今回の旅行の自由行動で、各都市の教会や時計台の塔に上り、展望台からの光景を眺めようと計画し、実行できたこと嬉しい限りだ。
ヤン・フスの群像
国立博物館への石畳
ブタペストの「聖イシュトヴァーン大聖堂」、ウィーンの「シュテファン寺院」と、ここプラハの「時計台」と。大満足だ。
階段を下り、エレベーターで地上に到達する。下の広場は定刻より観衆は少ないが、「時計台」を見上げている。
広場の中央には「ヤン・フスの群像」 の彫刻が建ち、その周りには露店が出て、ビールを飲み、フランクフルト・ソーセージを食べている。日曜日は観光は楽しい。
「時計台」から石畳の道をブラブラと歩くが、少しくたびれて来た。遥か向こうに「国立博物館」が見え、そこまで歩くと、ホテルまで 1本の地下鉄で帰れるが、諦めて、違う路線の地下鉄に乗り、乗換えてホテルに戻ることにする。
ブタペスト・ウィーンでは24時間チケットを買ったが、今回は区間キップを買うことになり、券売機で駅名を確認して購入する。ウィーンで一度経験して いるので、不安感もなく。刻印機にキップを通し、長いエスカレーターを降りる。地下鉄は深い所を通っているのであろうが、長い。 地下鉄は快適で、次の駅でホテルに通じる路線に乗換える。
バスを自由に乗り回すのは難しいが、地下鉄・トラムは路線が決まっているので、地図さえあれば大丈夫だと自信を持った。
 
券売機
長いエスカレーター
プラハの地下鉄

地下鉄駅に接続するショッピングセンターを散策する。寿司屋の看板があり、中欧でも寿司人気があるのだ。鉄火巻・69Kc(350円)、盛り合わせ・ 199Kc(1000円)と安い。スーパーマーケットでお土産を買い、ホテルに戻る。
今夜は19時30分に集合し、ビヤホールで食事することになっている。今回の旅行の楽しみの一つだ。集合までの間に、シャワーを浴び 一眠りすることにする。さすが、旅行の最終日になると疲れが蓄積されるようだ。明日の出発に備え、帰国の荷物整理をしておく。

19時30分、全員がホテルのロビーに集合し、今回の旅行の最後の食事となるビヤホールにバスで向かう。
ウ・フレクー・ビヤホール
ドイツ人のグループ
訪れるのは、500年の歴史を誇る「ウ・フレクー」と云うビヤホールで黒ビールが美味しいと紹介される。 黒ビール1杯はツァーに含まれており、 追加は自腹だと説明を受けた後、大きな時計が飾られた殺風景な蔵のような建物に案内される。
案会された舞台付き大広間には先客が居り、半端ではない賑やかさだ。
男性が70-80人程のグループで大声で唄い、机を叩いている。 後でトイレで出会った人に尋ねるとドイツ人だと。日本から来たと話し、握手して楽しもうと。
アコーディオン、ラッパの楽団(?)がドイツの歌や日本の歌を演奏してくれる。
フレンチ・カンカン
まず黒ビールで乾杯し、歌を唄いながら楽しむが、ドイツ人の歌は威勢が 良く、手拍子、机を叩く、足を踏み鳴らすと圧倒される。
日本の歌は「上を向いて歩こう」「さくらさくら」等、静かな曲が多い。 若い人だともっと賑やかな曲もあるだろうが、この年配のツァーでは止むを得ない。
舞台上では女性4名による民族舞踏の軽快な踊りが披露され、ドイツの若者は口笛を吹き、手拍子で大騒ぎだ。踊りが、フレンチ・カンカンになると 声援は大爆発で、民族性の違いを痛感される。
ビールは黒ビールだけで、お代りする。2.5EURO(300円)でグイグイと。
料理もドイツ風のソーセージ、鶏肉にジャガイモと美味しい。ドイツ人の熱気に圧倒されるが、日本の歌には全員大声で唄い、対抗心を燃やすものの、 完敗の状態だ。
ミュンヘンでビヤホールを訪れた時も、大いに盛り上がり、他のお客さんと楽しく杯を酌み交わしたことを思い出す。異国の地で、知らない人との 交歓は楽しいものだ。
宴は佳境に入り、ドイツ人のグループが前の人の肩を持って、列をなし、通路でステップを踏み出し、我々の通路にも来て、中に入れと。 頑強な肩に手を置いて、一緒に踊りながらステップを踏む。仲間の方も列に入り、ドイツ・日本の長い列で、大広間を廻る。楽しいひと時を過ごし、 握手して列は解散となる。いや、楽しい国際交流のビヤホールだった。
 
楽隊
黒ビール →ドイツ風料理
列を作ってステップ


22時30分、気持ち良く、満たされた気分でホテルに戻る。最後の日の最後の夕食は充実したものだった。
一応、荷物の整理は終わっているので、明日の朝、慌てない程度に整理して、旅の最後の夜、ぐっすりと眠る。 明日のモーニングコールは3時45分、集合は4時25分だ。


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