○ 「伊勢路 No3」見聞録 

3.梅ケ谷〜ツヅラト峠〜紀伊長島〜荷坂峠〜梅ケ谷
 2004.01.20 10:40〜16:00 晴れ


冬休みの「青春18きっぷ」の期間も最後になり、他の予定で活用しようと考えていたが、変更し、紀行に使うこととした。 前回の滝原から梅ケ谷の「伊勢路」は国道沿いに 約22km あるが、国道沿いの歩行になるためパスすることとした。

今回はJR梅ケ谷から、「伊勢」と「熊野」の国境になる「ツヅラト峠」を越えて、古人が感嘆したという熊野灘を眺め、 補陀洛(ふだらく)の海を実感し、峠を越えてJR紀伊長島から次の一石峠・平方峠に進むか、江戸初期から 「ツヅラト峠」から代わって発展した「荷坂峠」でJR梅ケ谷に戻るか・・・について、時間と疲労度をみて判断すること とした。

前回と同じく高槻発 5:24 で出発する。前日までの寒波は峠を越し、少し暖かくなりそうなのはありがたい。 草津からの草津線はガラガラでウトウトとしていると柘植に着いたのに気付かず、慌てて乗り換える失態も あったが、亀山経由で多気着 8:52。紀勢本線の接続まで駅周辺を歩くが何もない。9:32 発のワンマンカーで 前回通った栃原・滝原を過ぎ、阿曽・伊勢柏崎・大内山の三駅は歩行に代わってJRで通過した。

梅ケ谷着 10:38。無人駅に年配のご夫婦と4人グループのご婦人も降りられ、いつもの単独行と違うのは「ツヅラト峠」が ハイキングコースとしてポピュラーになっているからであろう。ガイドブックでは約9km 3.5時間のコースとなっている。

駅前に梅がチラホラと咲く「八柱(やばしら)神社」があり、参拝した後、県道に進む。「道しるべ」も整備され ガイドブックがなくても進むことが出来る。県道と云っても車の通行はなく、ノンビリと先日の寒波の影響で雪が 残る山肌を眺めながら進む。

「梅ケ谷駅」

「八柱神社」 説明→

「道しるべ」


大内山川沿いの県道から木立の林道に入り、「ツヅラト峠」の道しるべに沿って進むと「ツヅラト峠」の 登り口の石碑に到達する。いよいよ、平安時代からの「伊勢」から「熊野」への峠に踏み入る。 前回の「女鬼峠」「三瀬坂峠」よりは険しいが、せせらぎを渡ったり、杉木立を上り、途中の山々の展望に 和みながらユックリと進む。

「木立の道」

「登り口碑」 説明→

「木立の峠」

「崖の道」


視界が開け急な木の階段の上に頂上の東屋を見上げ、一気に上りきる。そこからの熊野灘は春を思わせる 陽射しに輝き、古人が初めての太平洋の展望に感激したことであろう・・・と実感した。汗を拭い、更に 上にある展望台に上り、紀伊長島町・赤羽川河口を眺めながら、大きく深呼吸。
しばし、景色に見惚れていると下から先ほどのハイカーの声が聞こえ、上って来られた。挨拶をし、 丁度 12時になったので、お弁当を食べようと話しているのを聞きながら、一足先に下り始める。

「ツヅラト峠・頂上へ」

「熊野灘展望」 説明→

「補陀洛の海」


「ツヅラト峠」は標高 357m でここから一気に下るので、斜面は急で「九十九折(つづらお)れ」の 坂道を「ツヅラト峠」と云ったとのこと。もっと急なヘアピンカーブかと思っていたが、カーブまでの距離が 結構長いので少し急な坂道が続くとの感じで、木立からの木漏れ日を浴びながら快調に下る。

急な坂の側面は「野面乱層積み(のづららんそうづみ)」と云われる工法とのことで、カーブ毎に 石積みの側壁を見ながら進む。木漏れ日の峠道の道脇に「山の神」の小さな祠が祀られている。

「九十九折れ」

「野面乱層積み」 標識→

「山の神」


更に下ると約300m に渡って 10世紀当時の見事な石畳が続く。石畳に日が差し込んでキラキラと光り、 気分良く、少しガクガクして来た膝をいたわりながら歩を進めて行く。
しかし、「大雲取越え」の石畳に比べると小振りだが、雨の時の下りであれば、滑って大変だろうと思った。

「石畳」

「木漏れ日の石畳」

「石畳碑」 説明→


石段を下り、林道を歩くと「棚田跡」の石垣跡を眺め、地元の方々が丹精込めて作られている花壇・池が 今の季節は少しさびれて迎えてくれ、無人の野菜売り場で「ぽんかん」を買い、県道を長島駅に向け進む。 駅近辺で昼食を食べようとしたが、何もなく駅の待合室で買って来たおにぎりの昼食をする。 13:40なので出発して丁度 3時間だった。

「棚田跡」

「楽しい道しるべ」

「紀伊長島駅」



昼食を食べながら、これからの行程を検討した。次の「一石峠」からJR三野瀬まで行くには、バスで途中まで行き そこから歩いて 3時間のコースでバスがなくては無理と判断し、江戸初期から「ツヅトラ峠」に代わって古人の街道と なった「荷坂峠」を逆に歩き、出発点の梅が谷に戻るコースを歩むこととした。ガイドでは約8km、2.5時間とあり、 帰りのJRの時刻では 16:22発であるので、足の疲れはあるが 14:00 に急いで出発する。

「荷坂峠」は「ツヅラト峠」が標高 357m であるのに対し、海側を進む峠で 241mと低く、昭和5年の鉄道開通まで 利用されていたとのこと。
駅を出発して海跡湖のきれいな「片上池」の湖畔に沿って R42に出ると道の駅があり、ここで昼食すれば・・・と 思いながら、店内で大阪では見られない「秋刀魚の丸干物」を一串買って国道を渡り、古道を行くと「薬草園跡」を 通り、R42のガードをくぐると古道の雰囲気になる。 道端に「一里塚跡」の石仏・石碑がこれからの峠道を示すように立っている。

「片上池」

「薬草園跡」

「一里塚跡」 説明→


「道しるべ」に導かれ、石垣の古道を 進むと「峠の上り口」に至る。道幅の広い峠道も段々と狭くなり、R42の峠道を見ながら進む。しだの道、鹿の角研き 跡などを見て、昭和の初期まで人力車で行き来していた車夫の休憩所である「長八茶屋跡」まで「ツヅラト峠」 よりは緩やかであるが、坂道を一気に上る。

「峠の上り口」 説明→

「幅広い道」

「しだの道」


少し行くと峠道から外れて上ると「沖見平」の展望台になり、夕暮れにに近付いた「熊野灘」を望む。「ツヅラト峠」 に比べると低いので視界は狭いが、伊勢からの道中では感慨に耽ったことだろう。
丁度、JRが荷坂トンネルに入る真上に来て、紀勢線の線路を眺め、崖の道を歩んで峠の頂上に至る。峠には茶屋跡や 石仏があったらしいが今は移設されている。

「沖見峠・展望」

「荷坂峠・崖の道」 説明→

「荷坂峠・頂上」 説明→


列車の時間が厳しいので、休息もせず峠を下るとすぐR42にぶつかり、国道沿いにひたすら歩く。 途中、古道沿いに「地蔵」が祀られており、淡々と進むと 15:55 無人のJR梅ケ谷駅に着いた。2時間の峠越えだった。 朝、着いた時に何もないことが分かっていたので、長島駅のKIOSKでビールとつまみを買っていたので、ホームの ベンチで「伊勢」「熊野」間の二つの峠を踏破したことに乾杯した。

16:22発の列車で歩かなかった滝原までの街道を見ながら、多気まで。連絡良く乗り換えて前回は松坂で食事をしたが 今回は津まで行き、駅前で居酒屋を探し、改めて乾杯する。
津から亀山・柘植・草津と前回と同じダイヤで 9:40 帰宅した。

今日は二つの峠を越えた。きっと「ツヅラト峠」からの「熊野灘」の展望は古人にとつて神々の世界から幽玄の 世界へ踏み出した不安と感慨があったのでは・・・・。
峠の頂からの眺めは素晴らしかった。薄曇りの熊野灘のまぶしさは古人に神秘さを感じさせたであろう。
今回の「ツヅラト峠」の保存に地元の保存会の方々の熱意が良く分かった。地元の方と出会うと挨拶をしていただき 地域全体が「熊野古道」への熱を感じた。「世界遺産」登録への熱意に頭が下がる。
今日は普通のコースでは一つの峠だが、二つの峠を戻ったので、少し足が重いが、17km、32000歩の紀行だった。

「青春18きっぷ」での「伊勢路」紀行も3回。紀伊半島の反対側は大阪からは遠い。
「伊勢の国」から「熊野の国」に入り、春の「青春18きっぷ」の発売までは「大辺路」をトライし、 那智の「振分け石」で合流するように検討したい。







    
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