「ミステリー・ツァー(人吉・宮崎の旅)」
[第1日]
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[第2日]
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[第3日]
○ 第2日目、西都原古墳群・青島・鵜戸神宮・都井岬・飫肥(2/27)
出発が8時30分なのでユックリしている。南国の夜明けは遅いので、6時から朝風呂に入り、日が昇るのを待つ。 6時30分位から明るくなって来たので散策に出る。少し雨が降っているので、ホテルで傘を借り、海岸までの 道筋を尋ねるとホテルの裏がゴルフ場になっているので、廻って行かねばならず、往復1時間程度かかると。
小雨の降る中を松林の道を歩き始める。交通量も無く気持ち良い。雨も止み、ゴルフ場の周辺を歩く。 フェニックスCCはタイガーウッズも来日する名門コースで、この時期でもフェァウエイは緑一色だ。さすが南国のゴルフ場だ。
食事の時間もあるので、海岸まで進むのを諦めてホテルに戻る。
サンホテル・フェニックス
松林のなかの道
フェニックスCCのコース
バイキングの朝食は品数も多く、お粥もあったのでたくさんいただく。
8時30分の出発時は雨も止み、地道・東九州自動車道を経由して西都古墳群に向かう。
西都原古墳群 (さいとばるこふんぐん) は、西都市の西方に南北に走る、標高70m程度の洪積層の丘陵上に 形成された日本最大の古墳群である。 現在、高塚墳311基が現存し、その内訳は前方後円墳31基、方墳1基、円墳279基であるが、他に横穴墓 が10基、南九州特有の地下式横穴墓が12基確認されている。
「鬼の窟古墳」(206号墳)
西都原古墳群内で唯一、内部主体に横穴式石室を採用している古墳で、鬼が一夜で造りあげたとする 伝説が残ることが名の由来となっている。古墳の周囲に土塁を巡らしているのは、 国内では石舞台古墳が類似するのみで、関係が注目されている。
西都原古墳群は丘陵地帯に点在と云うより集中的に円墳が連なる。車窓から周辺を一周し、規模の大きさと 円墳を中心に311基の古墳が確認されていると。
観光案内所で下車し、周囲を散策する。菜の花畑が広がっているが、内陸部なのでまだ開花しているのは 少ない。桜の木もたくさん植わっておりさぞ美しいだろうと想像する。
古墳の中でも有名な「鬼の窟古墳」に駆け足で行く。
周りの古墳より大きく外堤に囲まれた立派なものだ。外堤に登ると中に円墳があり、中の横穴式石室に 入られるが、まだ時間が早くて柵の外からのぞくだけだ。歴史好きの方が見学に来られていて、 開場時間まで周辺をチェックすると。
西都原古墳群には初めて訪れたが、神話の里・宮崎に相応しい神秘的な歴史ある丘陵で、深く掘り 下げれば興味深い研究課題だろう。
歴史深い丘陵を後に青島に向かう。
西都原古墳群
鬼の窟古墳
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説明...
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石室
菜の花畑
どんよりと曇った空を見ながら高速道路・国道を経由して日向灘を眺めながら進むと巨人のキャンプ地や 宿泊ホテルを見る。ガイドの話では近年、巨人よりソフトバンクの応援者が多いと。
青島は、周囲約1.5km程,最高6m程度の小さな島で、砂岩と泥岩が侵食により独特な形状へ変化した岩 で囲まれ、干潮の際には沖合い100mにも及ぶ見事な景観となる。
その形状が洗濯板に似ている事から 「鬼の洗濯板」と呼ばれ、島には樹齢三百年を超えるビロウ樹や ハマカズラ等熱帯亜熱帯植物の植物があり、国の特別天然記念物に指定されている。
駐車場から海岸に向かうと風が強く白波が立っている。その中でサーフィンをやっている若者がいるのに 驚く。この辺りはサーフィンのメッカでもあるらしい。
鬼の洗濯板と呼ばれる奇岩を眺めながら青島に通じる橋を渡る。荒波と「鬼の洗濯板」を見ながら島の 中心に向かう。
青島神社の鳥居
鬼の洗濯板と荒波
鬼の洗濯板
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石の模様
青島神社は、日本神話に語られる「山幸彦と海幸彦」の物語で知られる彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)、 豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、塩筒大神(しおづつのおおかみ)を祀っている。
海辺に面している鳥居をくぐり、朱塗りの拝殿に向かう。
参拝者も結構多く、土産物屋さんをのぞいている。本殿に参拝する。
青島神社・鳥居
青島神社・拝殿
青島神社・本殿
ここはキャンプをする巨人軍が必勝祈願に来るようで、境内には必勝祈願の絵馬が飾られている。
南国らしいビロウ樹の生い茂る参道を進むと元宮が鎮座し、ここでも参拝する。
土産物屋さんで『難を去る』という蘇鉄の実で作られた猿の鈴を求め、小雨が降って来た荒波が打ち 寄せる海岸を通り駐車場に戻る。途中の果物を売る露店で「キンカン」と「日向夏」を買い求める。
巨人軍の必勝祈願絵馬
ピロウ樹の参道
青島神社・元宮
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説明
バスは日南海岸を南下する。坂を登り太平洋が一望出来る堀切峠から曇り空の太平洋を望む。青空で あれば見事だろうと思いながら進む。
海岸線の国道を下り、「鵜戸神宮」の駐車場に到着する。前に一度訪れているが、ガイドの話で海の側に 鎮座し、下って行くので帰り道の方がきついとの注意を受ける。参拝し、帰路の食事処で昼食を食べた 後、駐車場集合となる。
旧参道は石段を登った後、下って神宮に向かうが、新参道はトンネルをくぐって楽に行けるので、この道を ガイドが案内して進む。トンネルを抜けると潮風が香り、少し進むと海が望まれる。
「鵜戸神宮」は地元では「鵜戸さん」と呼ばれ、海岸の断崖の海蝕洞の中に本殿が建つ特異さが有名 である。
「鵜戸神宮」は日本神話の山幸彦・海幸彦の伝説の舞台となった場所で、山幸彦の妻である豊玉姫の 出産のための産屋が、今の鵜戸神宮本殿の建つ洞とか。
鵜の羽を用いた産屋だったが、完成が出産に間に合わず、そのことから生まれた子は鵜葺屋葺不合命 (うがやふきあえずのみこと)と名付けられた。鵜戸神宮はこの鵜葺屋葺不合命を祀っている。
この鵜葺屋葺不合命の子供の一人が後の神武天皇だと。
海岸に亀の形をした亀石桝形岩があり、背の部分には注連縄で囲まれた桝形の窪みをめがけて「運玉」 を投げ入れ、見事に中に入れば願い事が叶うと。
「鵜戸神宮・神門」は朱色に輝いている。大海原と朱色の神殿の対比が美しい。本殿に向かって進むと 立派な楼門が迎えてくれる。
断崖の上にから見る日向灘は、天気も良くなり海の青さが映え、波しぶきが白く飛び散っている。
鵜戸神宮・神門
鵜戸神宮・楼門
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説明
日向灘を望む
穏やかさと荒々しさの混じった日向灘を眺めながら進むと朱色に塗られたアーチ型の「神橋」に至る。 ここから神域となるとのことで、昔は裸足になって参ったと。
「神橋」を慎重に渡ると急な下り階段が本殿に続いている。本殿が下にある神社は珍しい。真下の 岩には白波が打ち寄せ波音が心地良い。
鵜戸神宮・神橋
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説明
本殿への階段
眼下の荒波
急な石段を下ると大きな洞の中に本殿が鎮座している。波で浸食された大きな洞の中に朱色の本殿が すっぽりと収まり、本殿の上には岩肌が覆い、ポタポタと水が落ちてくる。
参拝して裏側に進むと薄暗い洞の中に「乳石」が祀られ、横には「お乳水」の社があり、お乳水を 飲むことが出来る。安産の神と参拝されている由来だと分かる。
海の中には奇岩が色々あるが、そのうちの「亀石」の窪みに「運玉」を投げ入れると願いがかなうとの ことで試してみる。5個100円で買い、男は左手、女は右手で「亀石」の窪みをめがけ投げてみる。 左手なのでコントロールが定まらず、残念ながらダメだった。
石段を登り、神門脇の食事処に戻る。
鵜戸神宮・本殿
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洞穴
鵜戸神宮・お乳水
亀石の窪みへ運玉を
昼食はオプショナルだが、宮崎名物の地鶏のすき焼だ。ビールで乾杯し、鍋をつつく。この陽気では鍋は 暑い位だ。地鶏を噛みしめて美味しくいただく。
駐車場に戻る道を往路の新道を止めて、旧道を進むことにする。上り438段、下り377段の旧道はなかなか 厳しい。途中には山桜が満開に咲き、振り返れば青々とした日向灘が望まれ自然一杯だ。下り石段の 道脇にツワブキの緑色の葉が印象的に茂っている。
全員集合して次の都井岬に進む。
八丁坂石段
→
説明
満開の山桜
ツワブキ
日向灘を南下して進むと広島のキャンプ宿泊地を見て、バスの心地良い揺れとお腹が満ちてグッスリと 眠ってしまう。
ガイドの声で目覚めるともう都井岬の近くに来ている。バスは管理事務所の窓口に停まり、ガイドブックを 受け取る。このガイドブックの売上金で都井岬牧場の維持管理費となるそうで、1部200円で求める。
都井岬に野生する「御崎馬」は長野県の木曽馬や北海道の道産子などと共に日本在来馬とも云われ、 約2000年前の縄文時代後期から弥生時代中期にかけて中国大陸から導入された馬が起源とされている。
高鍋藩秋月家は元禄10年(1697年)に日本書記の中の歌にも詠まれた日向の駒を集めて、軍馬や農耕馬の 生産に励んだ都井村御崎牧が今日の御崎牧場となり、以来ここで生産される馬は御崎馬(岬馬)と 呼ばれると。
牧場内の道を岬に向かって走っていると道端に野生馬が草を食べている。ドライバーは馬を驚かさないよう 静かに運転して進む。のどかな光景だ。
バスを降りて都井岬灯台に向かう。都井岬灯台は海抜255mに位置し、高さ15m、光達37海里で、1929年 点灯され、日本の灯台50選にも選ばれていると。
しかし、残念ながら灯台は修理中で内部には入れず、横の展望台から広大な太平洋を望む。曇っている ので、水平線がはっきりと見られないのは残念だが、270度の大海原の眺めを堪能する。
道端の野生馬
都井岬灯台
灯台からの眺め
都井岬は蘇鉄の自生地でもあり、たくさんの蘇鉄が茂っている。この時期、蘇鉄の実が稔るようで 弾けた実が周辺に散らばっている。
自由時間になり野生馬を探して走り廻る。太平洋が望める崖の芝生に野生馬がいるのを見つけ急ぐ。 側に近付いても逃げないで草を懸命に食べている。
この牧場で生まれ、生長し、子供を生んで死んで行くサイクルが全く自然になされている野生馬の楽園 なのだ。人工的な飼育はないので、野生馬は餌となる草を探し、食べるために急な斜面にも上り下り するため、転落死する場合もあり、その防止に先程のガイドブックの売上金で柵を作っていると。
太平洋と野生馬の自然一杯の光景を満喫してバスに戻る。駐車場横の公衆電話ボックスの上に野生馬の モニュメントが飾られているので、パチリ。
蘇鉄の実
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拡大
都井岬の野生馬
馬の電話ボックス
本来の予定では今夜の宿泊ホテルに進むのだが、予定時間より早いため、明日の予定であった飫肥観光を 前倒しすることになり、飫肥に向かう。
近道の農免道路を進み、16時40分に飫肥に到着する。自由時間となり飫肥城跡に向かう。
城跡へ歩いていると下校途中の中学生達が我々観光客に「こんにちは」と大きな声で挨拶してくれる。 思わず「こんにちは」と笑顔で返答する。本当に気持ち良い挨拶だ。地方ではこのような風習が綿々と 伝えられているようで、出水市に居た時も同じ光景があったことを思い出す。
子供達と挨拶を交わしながら大手門に向かう。
飫肥は、天正16年(1588)から明治初期までの280年間飫肥藩・伊東氏の5万1千石の城下町として栄え、 武家屋敷を象徴する門構え、風情ある石垣、漆喰塀が残る町並みは、昭和52年に重要伝統的建造物群 保存地区に選定されたと。
飫肥は耕地が少なく、山林と海浜に囲まれていたので、温暖で湿潤な気候を利用し杉・檜などの林業を 発展させ、飫肥杉は特産として有名で、藩財政の一翼を担ったと。
飫肥杉で再建された大手門をくぐり、少し薄暗くなった場内に進む。立派な石垣が静かに迎えてくれ 落着いた雰囲気だ。天守閣跡は小学校のグランドとなっている。良い環境の学校で、あのように明るい 挨拶が出来る子供達が育つのだろうと思いながら場内を散策する。
桜の木もたくさん植えられていて、お花見には最高の場所と話していると1本のソメイヨシノに一輪の花が 咲いている。今年初めてのソメイヨシノの花を見ることが出来た。
飫肥城跡・大手門
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説明
飫肥城跡・本丸石垣
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説明
飫肥城跡・内堀
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桜の花
自由時間も限られているので、大手門を出て武家屋敷跡を散策する。立派な石垣に囲まれたお屋敷が 点在し城下町の雰囲気を出している。
屋敷の間の掘割を堰き止めてきれいな鯉が泳いでいる。昼間は岩影に隠れているが、夕方には顔を 出してくるそうで、ラッキーだった。
広い道路は電柱が地下に埋められ、景観が維持されているのは小京都としての観光を重視した政策 だろう。
古い醤油店があり、中を覗くと立派な雛壇が飾られているので、中に入り見学させていただく。 おばあさんが孫娘を背負って話してくださる。親・子・孫三代のお雛様が並んで飾られている見事な ものだ。やはり歴史ある街なのだ。
駐車場に戻り、今夜の宿泊地に向かう。
飫肥街並み・掘割の鯉
醤油屋
→
雛@..
→
雛A..
→
雛B..
飫肥街並み・武家屋敷
今日の宿泊地「ホテル北郷フェニックス」に向かう途中の峠には、飫肥杉がうっそうと茂っている。これを藩の 財源としていたのだ。
バスは進み、山の中腹に建つリゾート・ホテルに進む。ホテルに到着し部屋割りに従って部屋に行く。ここのホテルも 部屋が広くて山の中腹なので見晴らしが最高だ。すぐに温泉に行く。露天風呂からの眺めも良く、ユックリと くつろいで疲れを癒す。やはり温泉はgoodだ。
食事はバイキングなのは仕方がないが、ここは和洋両方が食べられる。ビール・芋焼酎で地鶏料理や名物 料理を堪能する。
寝る前にもう一度温泉に浸かって、星空を見ながら露天風呂の顔に冷たい空気を味わう。
飫肥観光を前倒しにしたので、明日の出発は8時30分とユックリとなり、少ないチャンネルを選びながら眠って しまう。
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○ 第3日目、霧島酒造・熊本空港・帰宅(2/28)
目覚めると星が輝いているので、今日は晴天だと確信する。6時から温泉に行き朝もやの中、 露天風呂で雲海のたなびく山々を眺める。至福の時だ。夜明けの眺望は美しい。
このホテルも横に「北郷フェニックスCC」があり、案内ではカート道は朝の散歩コースとなっていると。早速、散歩に 出掛ける。広々としたコースを廻り始める。フェアウエイもグリーンで南国のコースだ。昨夜の食事でも4人連れの グループが何組も居られた。ここでプレーするのだろう。羨ましい限りだ。
ガイドの話では東北・北海道からゴルフツァーで宮崎に来られる人が多いとか。新知事効果もあり、観光客や 土産物の売上は増えていると喜んでいた。1-2-3番コースを巡ってホテルに戻る。
朝食のバイキングも品数が多く、ここもお粥があり、たっぷりといただく。
同席した年配のご夫婦とお話する。ミステリーツァーは2度目で、前回は雪の東北で、知らない 温泉・旅館で良かったが、今回は来たことがあったので少し残念だと。安価で楽しいツァーだと話が弾む。
夜明けの山々
ゴルフ場からホテル北郷フェニックス
北郷フェニックスCCの散策
8時30分に出発し、熊本空港に向かう途中、都城にある焼酎工場を見学する。田野ICから宮崎自動車道に 乗り、都城ICで降りて「霧島酒造」に向かう。
ガイドの芋焼酎の話で盛り上がる。宮崎は北部は麦焼酎を飲む人が多いが、南部は芋焼酎が大半と。 白派と黒派があって、白は20度、黒は25度とアルコール度数が違うので、白のロックか黒のお湯割りで分かれる とのことだ。
鹿児島では25度のお湯割りが主だったので、20度は安い焼酎と思っていたのは間違いだ。ガイドも 運転手も白派だと。地方によって芋焼酎の飲み方・好みも変わることを知った。
バスを降りると霧島酒造の案内嬢が工場に案内してくれる。久し振りに工場の芋焼酎醸造の香りを楽しみ、 ビデオで歴史・製造工程を見た後、お土産売場兼試飲場に案内され、自由時間となる。
白霧島・黒霧島・原酒と飲み比べる。やはり、白は少し薄いように感じられ、時々飲む黒霧島は美味い。 増して、原酒はもっと美味いのに舌鼓を打つ。
宮崎最後の土産店なので、地鶏を家でのつまみに買い求める。
霧島酒造さんは地域と密着した事業展開をされているようで、構内のグランドではシルバー世代の方が グランドゴルフに興じており、焼酎の源泉となる「霧島裂罅水(れっかすい)」を自由に提供しているので、 たくさんの人がポリタンクを持って汲んでいる。
構内の片隅に建つ古風な建屋は創業時の社屋を移設したもので、周りには醸造用の甕がたくさん 飾られている。歴史のある工場だ。
バスは一路熊本空港に向かう。長いトンネルを抜け熊本県に入り、SAでトイレ休憩。
真っ青な空にまだ関西では見られないコブシ(?)の白い花が満開に咲き誇っている。南国情緒一杯だ。 ガイドさんの楽しいトークとも、いよいよお別れで熊本空港に到着する。3日間のガイドは大変楽しく、宮崎 大好き人間の地元への愛着が溢れていた。感謝・感謝!!
霧島酒造の創業記念館
霧島酒造・甕
コブシの花(?)
添乗員から搭乗券を受け取り、解散となる。
ANA526
空港の売店をウロウロし、適当に試食したり、昼食用に買ったりと時間を潰す。
14時発のANA526は6割位の乗客で、青空に飛び立ち、瀬戸内海の中国側を飛ぶ。
大阪は曇りで9℃との案内があり、20℃以上の地からの帰還では寒さが堪えるだろうと心配する。
15時5分、定刻通り伊丹空港に到着し、外に出るとやはり寒い。改めて宮崎・熊本の暖かさを認識する。
初めてのミステリー・ツァーに参加した。ミステリー・ツァーたるものの仕組みが分からなかったが、空港に行くまで 何処に行くのかも分からないのはドキドキものだが、楽しい時間だった。
事前の予習が出来ないのは少し物足りないが、安価で、良いホテルに泊まり、自由時間も多く、行程の 自由度もあるツァーは魅力的だ。ただ、行ったことのある場所に行くのが重なると困るが、離島のミステリー・ツァー とかある程度行く方向が分かるツァーにはトライしたい。
暖冬とは云え、まだ寒さの残る大阪から南国宮崎・熊本で一足早い春を感じることが出来た有意義な 旅行だった。
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