[本郷〜湯坂温泉][湯坂温泉〜西条]


○ 「山陽道No13」見聞録(本郷〜西条)・(距離 27.9km(今回)/ 382.2km(累計))

  1.本郷〜湯坂温泉・(12.8km) 2012.11.12. 9:35〜15:25 晴れ


西国・山陽道全行程.Map

「本郷〜湯坂温泉・行程MAP」

地図の再生ボタン()を押すと
見聞ルートに沿って歩行出来ます。
クリックすると拡大します。(街道歩き旅.com HPより借用)

前回の「山陽道」紀行は、今回の行程を考え、本郷駅までとした。これからの「山陽道」はJR山陽本線から離れ、国道2号線に沿って 進むため、西条駅まで交通の便は無くなってしまう。約28kmある上、先達の紀行記によると道がない旧街道もあり、迂回された方も おられ、日没時間も早くなるので、安全第一で検討した。
「瓦峠」「松子山峠」は道が分かりにくいとのことなので、途中の宿泊所を検討し、調べると湯坂温泉に安価な旅館を発見し、そこで 一泊する楽な行程とした。
何時も同行するO君と前回は参加出来なかったN君に加え、O君の山歩きの仲間であるSさんも参加することになり、楽しい紀行に なりそうだと期待する。
交通費を節約するために検討すると「こだま割引きっぷ」を見つけ、新大阪〜三原間はその切符を利用し、時間短縮と経費節減を図る ことにする。少し余裕があり過ぎるが、地道もあるので、歩行を楽しめると期待する。

6時45分に新大阪駅でO君、Sさんと待ち合わせ、6時59分発の「こだま」に乗る。Sさんはフルマラソンを数え切れないほど走られ、100kmマラソンにも 参加されている鉄人だと。N君は福山から合流し、三原で降り、鈍行で本郷に向かう。

御茶屋本陣跡

立派な屋根瓦の家 城址の碑

9時35分、本郷駅から本日の紀行をスタートする。晴れてはいるが、少し冷たく、歩行には最適な気候だ。
前回の終了地点に戻る前に、JR山陽本線の反対側にある「御茶屋本陣跡」を訪れるため、踏切を渡り、左折し、、暫く行くと右手の 麻尾医院の隣の門のある大きな旧家だと。
この辺りの家の屋根瓦は独特の色がして、豪華なのに何故だろうと話しながら、前回の終了地点「恵比須神社」に戻る。途中の 道角に「古山城小早川城址」の碑を確認する。
N君は尾道まで歩き、尾道〜本郷までは明後日歩くので、「恵比須神社」には初めての訪問だ。前回気付かなかったが、「狛犬」が面白い。 狛犬の頭の上に子犬が載っているのだ。 街道歩きが初めてのSさんに鳥居の石造りの鯛が飾られているのを説明したりと街道歩きの見聞の楽しみを話す。
山陽道を歩き始めると左に「寂静寺」が建ち、静かな街道を進むと沼田川に突き当たるが、道路工事中で、大きく迂回して建設中の橋への 道を進む。本郷橋の端に、大きな「常夜燈」があるのだが、工事しているので見当たらない。川沿いに小さなお堂が建ち、その奥に 大きな「常夜燈」を発見する。多分、ここに移されたのだろうと。
沼田川を本郷橋で渡る時に上流を眺めると先程の道標にあった右に「高山城跡」、左に「新高山城跡」を見ることが出来た。

恵比須神社 狛犬

本郷橋の常夜燈

高山城跡と新高山城跡


画像をクリックすると拡大します(以下の画像も同様)

本郷橋から道なりに進み、東洋製缶の先から右側の小道に入る。「菅公御手掘井戸」の矢印に従って進むと「甑天満宮」の前まで来て しまった。その手前にあるはずなのだが、道標がなく、近くの人に聞くが分からない。少し進んだ家の方に聞くと、「甑天満宮」の向こうで 新築アパートの工事をしている所を上に上がれば良いと。工事のため、道標がなくなったのか?
右の山側に少し上った左に「菅公御手掘井戸」が保存されている。案内板によれば、菅原道真が大宰府に左遷される途中、この地に上陸した ところ、人々は水不足で困っていた。見かねた道真が自ら井戸を掘ったところ、こんこんときれいな水が湧き出し人々を救ったと。
その前に「荒神社」が鎮座している。N君は我々が探している間に「甑天満宮」の長い階段を上って参拝してくれたので、長い階段を 眺めて次に進むと少し先に「牛神様の祠」が祀られている。旧街道の趣きが残っているのは嬉しい。

菅公御手掘井戸 荒神社

甑天満宮

牛神様の祠


静かな旧街道を進むと右奥に、立派な屋根の「専教寺」が建ち、その先には門前に地蔵尊が祀られている「心光寺」が建っている。お寺も多い 旧街道だ。
田園風景になり、向こうの本郷中学校校庭の銀杏の木が黄色く色付き、秋の深まりを感じさせる気持ちの良い道を進むと、道横に 「よこみ寺址 右は木山城址」の道標が立っている。

心光寺

銀杏の木

よこみ寺址の道標


梅木平古墳

田園風景を楽しみながら進むと「梅木平(ばいきはら)古墳入口」と書かれた看板に従って、右の山道を上って行く。
正面に「宮川神社」が鎮座し、その左の小道を上ると「梅木平古墳」の石組の入口が見える。
広島県最大の横穴式石室で奥行13.1mもあり,奥壁の高さは4.2mもある。 6世紀末の築造と考えられ,東に向けて開口しており,その規模から当時の有力支配者の家族墓と考えられている。(ひろしま観光ナビHPより)
考古学に詳しいN君の解説を聞く。7世紀初めに、この辺りに豪族が存在していたことを知り、安芸の国も文化が浸透していた ことを認識する。
古墳の内部にも入る。幅も広く、天井が高いのにに驚く。石棺はなかったが、立派な墓だと認識する。
古墳の上の丘に上ると景色が一望出来、この展望が豪族がこの地を治めたことが良く分かる。(10:45-10:55)

宮川神社

古墳の内部

丘の上からの景色


縄文時代、弥生時代、古墳時代等の考古学・歴史の話をしながら、真っ直ぐに伸びている田舎道を進む。 梨和川を渡ると緩やかな上り坂となり、山沿いの道となる。
道の左右に「地蔵群」が祀られ、旧街道の風情が感じられ、天気も良く、暖かくなり気持ち良い歩行だ。 少し先の南方の集落に入ると右に古い木造の洋館が建っている。「南方村 村役場 農業会 農協 之跡」で、 今は「みとしろ館」という老人集会施設になっている。こんな所に大正風の洋館が建っているのに驚き、パチリと。  

山沿いの道

地蔵群

古い木造の洋館


御年代古墳

旧街道を進むと「御年代(みとしろ)古墳入口」の看板があり、案内板の矢印に従って右に入って行く。
7世紀前半に造られたとされる巨大な横穴式石室で、玄室が前後に2つあり、それぞれに花崗岩の石棺が置かれています。
横穴式石室は大陸に発達した墓制の影響を受けて6〜7世紀の間に流行したもので、奈良県の岩屋山古墳に共通しており 畿内の影響を受けたものと考えられます。国指定史跡。 (ひろしま観光ナビHPより)

小高い丘にぽっかりと古墳の入口が開いており、石棺が見える。
横穴の中に入ると、2つの石棺が祀られ、狭い横穴の中で、当時の様子を想像する。N君の説明を聞き、この時代の背景、この辺りの勢力 分布を学習する。(11:35-11:45)
旧街道に戻り、歩き始めると次々と古墳の案内が現れる。「貞丸古墳」があるが、古墳や考古学の勉強をして来たので、パスして次に進む。 本郷町には古墳が多いのに驚く。
山沿いの道を進むと右に「宗長神社」の階段があるが、これもパスして進むが、後で確認すると境内に「二本松古墳の石棺」あったそうだが、 見落としてしまった。
少し進むと国道2号線と合流する。先達の話では、この先に道がなくなっている所があるらしいので、国道脇の広場で昼食とする。 ここで、O君がバーナー、Sさんがコッフェルを出し、熱い味噌汁を炊き出してくれたのだ。コンビニ弁当を熱い味噌汁で食べると美味しい。少し冷えて来た 体も温まり、最高の昼食となった。(12:05-12:40)

御年代古墳の石棺

山沿いの道

宗長神社


「山陽道・本郷〜湯坂温泉@」の「紀行スライドショー」

昼食に満足し、国道2号線を進むと数軒のラブホテルが集中して建っている。車の往来はそんなに多くない国道の標識に「279」と書かれている。 多分、大阪・梅田新道の国道2号線起点から279kmだろうと。国道でこの距離なので、300km以上歩いているだろうと話しながら進む。
少し進んだ所から左に入る小道が旧街道となる。問題ない地道を進み、墓があったりと順調に進むとやがて、藪の中に入って行く。 道がなくなるかと心配したが、人が通った跡と思われる道が続いている。しかし、竹林に入ると竹が倒れたり、束になって道を塞いで いたりするが、間違うことなく進むことが出来る。
短い笹が生えている道を進むと山陽サテライト駐車場に出る。心配した藪こぎや道に迷うこともなく難所を踏破し、一安心する。

左に入る小道 国道の標識

地道

倒木の道 笹の道


山陽サテライトとは競輪の車券を売る所で、たくさんの人が競輪の画面を眺めている。トイレ休憩を兼ね、食堂でアイスクリームを食べる。軽食も食べられる 食堂もあるので、開店している時は利用出来そうだ。(13:15-13:35)
一つの難所を越え、次の難所である「瓦峠」に向かう。
国道2号線から離れて、日名内上交叉点から右側の県道49号線を進む。県道の横に側道があるので、車の往来は少ないが、側道を歩いていると 右に向かう道がある。県道との分岐点に木製の道標が立っており消えかかった文字で「山陽道」と書かれているので、安心して右の小道に 入って行く。
緩やかな上りの地道を進むと先程の県道を抜けるトンネルが見え、手前には廃車が放置されている。このトンネルを抜けると「瓦峠」だと気持ちを 引き締める。

山陽サテライトの内部

瓦峠への小道 道標

県道のトンネル


先達の話ではこの「瓦峠」は道がなく、藪こぎをしても分からず、迂回した方もおられる。トンネルを抜けると道らしい道はあるが、藪が深く、 前途多難の様子だ。(13:55)
背の低い笹に覆われた道らしき跡が残っている小道を上って行く。藪こぎの必要はあるが、道が分からないと云う状態ではなく、一列に なって笹を掻き分けて上る。所々に紅葉した木もあり、気分転換をしてくれる。峠の頂上の標識は分からなかったが、下り道になる小さな 広場が頂上か。トンネルから約15分で到達した訳だ。案外簡単に上れたので、少し拍子抜けだった。(14:00)
下り坂には石畳もあり、快調に下る。道も段々と広くなり、真赤な紅葉を眺めながら、舗装道路に出て、「瓦峠」越えを終える。(14:11)

瓦峠の藪道 深い藪

瓦峠の石畳 頂上付近

瓦峠越えの道 紅葉


覚悟していた「瓦峠」越えが簡単に終えることが出来ると、少し物足りなく感じるのは人間の性なのだろうか。もう少し藪こぎをしても 良かったのにと話しながら舗装道路を下る。
横大道の集落に入ると十字路の左角に「地蔵尊」が祀られている。その反対角には、道標があり、「東大坂 西廣島 道」 と刻まれている。峠越えをした満足感で、足の運びはスムースだ。道横には地蔵群が祀られているのを眺めながら山沿いの道を進む。
14時45分、今夜の宿に近付いたので、「山陽道」紀行の行程をここまでとする。歩行歩数は24300歩と少なかった。

横大道の地蔵尊

東大坂 西廣島の道標

地蔵群


「山陽道・本郷〜湯坂温泉A」の「紀行スライドショー」

今回の紀行では、山陽サテライト前の藪道、「瓦峠」越えを考え、慎重に行程を検討した結果、西条迄は進めないと思い、途中の湯坂温泉に 泊まることにした。温泉旅館では値段が高い思っていたが、ビジネスコースの理由あり部屋だと朝食付きで、4980円とビジネスホテル以下の値段なので 申し込んだ次第だ。

賀茂川荘

「山陽道」紀行の行程をここまでとし、チェックイン時間にはまだ早いので、国道2号線沿いの広場で休憩する。バーナでお湯を沸かし、 紅茶を美味しくいただく。(14:45)
宿は夕食が付いておらず、食堂でもダメ、隣のかんぽの宿で食べられるとのことだっが、O君の発案で、コンビニでおでん・つまみを買い、 部屋でパーティーをすることになった。コンビニでおでん等を買い、15時25分に賀茂川荘にチェックインする。
理由あり部屋とは何かと心配したが、中庭の庭園が見えないだけで、広くて問題ない。早速、温泉に行き、広々とした浴場で疲れを癒す。 O君の和室で、宴会となる。コンビニで買ったおでんを温め、N君持参の新潟の酒とお猪口、Sさん持参の宮城の酒で大盛り上がりとなる。
マラソンランナーのSさんにとっては、物足りない行程だったかと心配したが、街道歩きの楽しみも理解していだいた様子で、会話も弾んだ。 21時過ぎにお開きにし、もう一度、温泉に浸かって、ゆっくりと休む。

[本郷〜湯坂温泉][湯坂温泉〜西条]







    
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送