「富士登山」

[出発〜8合目山小屋][8合目山小屋〜山頂〜下山][下山〜河口湖]



◎ 「富士登山」(2010.08.26-27)

○ 「8合目山小屋〜山頂〜下山」(2010.08.27)

2段ベットの下段、入口側4つが我々の寝袋でK夫妻、息子、小生と並んで眠る。小生の横は荷物は置いてあるが、まだ外に居るのか 空だ。普段はバタン・キューと眠るのが、やはり興奮しているのか、なかなか眠れない。その中に、横の人が来たのも知らずに眠ったようだ。
元祖室
しかし、その横の若い男性がよく動き、何度もぶつかって来るので目が覚め、眠れなくなる。寝袋は暑く、上半身を出して横に なっていると、両膝の後ろの筋がケイレンを起こしたので、慌ててリュックから塗り薬を出してたっぷりと塗る。この動作で息子を起こして しまったが、まだ22時過ぎ。
人の出入りが多く、眠れる環境ではないので、眼を閉じて横になっている。12時前になったので、リュックを持って下の大広間に降り、 着替える。寒さに備え、且つ、下山途中に脱ぎ易いよう、Tシャツ、長袖シャツ、ヒートテック長袖、薄手のフリース、ウインドブレーカーと上半身は万全だ。 下半身は長いパッチを持ってきたが、下山途中脱ぐのが難しいので、スボンだけで少し心配だ。寒くなれば上にレインウエアの上下を着ることにし、 毛糸の帽子を被り、ヘッドライト型ライトを取り付け、厚手の手袋、ネックウォーマは出し易い所に入れ、準備万端だ。

○吉田口8合目「元祖室」出発・0時44分・3250m・11℃
山頂へ出発

靴を履き、杖を持って外に出る。冷たい。やはり深夜の8合目は11℃の温度以上に冷え込んでいる。
満月に近い月は天上で輝き、その明るさで星の数は少ない。山小屋の前のベンチに座り、出発の記念撮影をしてもらう。
登山者の光の帯
これから3時間余りの後、元気に頂上に登ることができることを願って!!
山小屋前の広場から下を見るときれいだ。
雲海で麓の灯は見えないが、下から登って来る登山者のヘッドライトの帯が、登山道に沿って ジグザグに光の帯になっている。
5合目から徹夜でご来光を見ようと登っているのだ。会社が終わり、山麓まで駆けつけ、それから登り出して、頂上でご来光を見て、 下山する方も多いと聞くが、今の小生には超人に思える。
気を引き締めて、頂上への第一歩を踏み出す。

○吉田口本8合目・1時05分・3400m
本8合目の標識

前の人の後をヘッドライトの明かりを頼りに登って行くが、月の光の応援もあり、思ったより明るい。しかし、道は厳しく、勾配が 強くなって行く。
まだ疲れが少ないので、快調に登れるが、徹夜で登っている人は疲れが出て来る頃で、道端で休息を取る人が多くなる。
昼間の登りは 空や雲や周辺を見ながら、山小屋を目指して登れるが、夜の登山は気分転換出来る対象が少なく、黙々とヘッドライトの光を頼りに登らねば ならないので、疲労度は倍増するようだ。
急な坂を登り切ると「富士山ホテル」の山小屋があり、そこが「本8合目」と標識が示している。
登る前から8合目と本8合目とあり、その区分が分からないので、HPアップを契機にサイトで調べてみた。
8合目の山小屋の灯
戦前は(今の8合目付近が)7合3勺(7.3合目)、7合5勺(7.5合目)などと細かく分かれていたのです。 戦後、米軍の兵隊さんや普通の人が多く登るようになり、わかりやすくするため、上に繰り上げて全部『8合目』としました。 戦前の『8合目』は今、『本8合目』となっています。 要するに、「本8合目」が昔ながらの8合目で、それ以外は元々、7〜8合目の中間だったわけ。それらが全部「8合目」を名乗る ことになり、長い長い8合目地帯ができたのだ。(富士吉田市歴史民俗博物館の話しより)
下を見ると真っ暗な山肌に8合目の山小屋の灯が輝いている。あそこで泊まり、登って来たのだと。

○吉田口8合5勺・3450m・時間、温度不明
8合5勺の標識

本8合目からの坂道は「胸突八丁」とのことで、両手を使って登らねばならない急坂だ。
胸突きとは良く云ったものだと恨みながら ゆっくりと登る。息遣いが荒くなり、休憩しながら登って行く。
段々と休憩する間隔が短くなって来るのがよく分かる。それほど、 勾配がきつくなっている証拠だろう。

息子が下の方を指さして「オリオン座」だと。
冬の星座で有名な「オリオン座」が雲海から出て来る。それも下の方に見える。星座を水平より 下に見れるとは思もはなかった。やはり、富士山は高いのだ。
写真を写すが、小生のカメラでは無理だった。この時期に「オリオン座」を見れる とは思えなかった。冬の先取りをした気持ちだ。良い経験をした。
「胸突八丁」で何度休憩したか分からないが、登り切ると9合目ではなく、8合5勺の標識に出会い、一瞬嘘だろうと思ってしまう。 9合目まではもうひと踏ん張りしなければならない。リュックを外して一息入れる。空気は冷たいが、体はホカホカしている。しかし、少しすると 寒くなる気温だ。
疲労度がきつくなると時間の記録や気温の測定を忘れてしまうのが、下山後記録を見て気付くが、もう遅い。

○吉田口9合目・2時27分・3600m・10℃
9合目の標識

8合5勺からの登り坂も勾配がきつい。9合目まで150mの標高差だが、そろそろ登山者の渋滞が始まり、思うように登って行けない。
徹夜登山者の疲労はピークになりつつあり、狭い登山道の横に座っているので自然渋滞が起こってしまう。
そう云う我々も休憩を取りながら、亀の歩みのように少しづつ登る。
9合目の鳥居
ツァーで登るグループのガイドは明るい懐中電灯をかざしながら、先頭を進むが、後続が遅れるので、その調整が大変なようだ。
真っ暗な空間に鳥居が見えて来た。いよいよ9合目だと気合を入れるが、ハーハーと息遣いが荒くなり足が思うように進まない。 急な坂を登り切り、9合目に到着する。
石室があるらしいが、探す気力もなく、リュックを外して二息くらい入れる。標識には頂上まで400m、30分とあるので、もうひと頑張りだ。

○吉田口山頂・3時40分・3720m・8℃

9合目には山小屋はなく、広場には休憩する人で溢れている。
さあ、最後の1合、400mを登れば山頂だと期待感が溢れて来たのだが、この400mが今回の登山では一番厳しかった。 まず、登山者が多く、ペースが乱れる。次に、勾配がきつく、空気が薄くなるのか疲労度が激しい。
吉田口山頂の久須志神社鳥居
久須志神社の碑
高山病の症状は出ていないが、 ジグザク道を登りながら、次の角で休憩しようかと頭によぎる苦しさがある。
一度休憩すると、登山者の列が続き、特にツァーの長い列が続くと列の中に入るのが難しくなるほどだ。
ようやく、残り200mの標識を見てから頂上までの長いこと。3度位、休憩すれば到達できるだろうと考えていたが、少し進んでは 休憩の繰り返しで、なかなか標高を稼げない状態だ。
何度休憩したか分からない状態で、フーフーハーハー云いながら登ると、薄っすらと吉田口山頂の「久須志神社鳥居」が見えて来た。最後の急坂を 登り切って山頂に到達した!!
やっと登頂したぞ・・・と大満足だが、息使いはなかなか治まらない。山頂の空気を胸一杯吸うが、少し薄いようだ!?
次々と登頂した方々も満足感一杯の感動した顔をし、仲間と握手しておられる。苦しかった分だけ、その喜びは大きいが、 周りは真っ暗で、下から登って来る人のヘッドライトの明かりしか見えず、景観を味わえないのは残念だ。それは後ほどの「ご来光」に 期待して、人混みの頂上広場に向かう。
山頂のメニュー
計画では、「元祖室」を出発して、3時間の予定だったのが、予定通り3時間で登って来た。しかし、9合目からは予定より大幅に 遅れているのは渋滞と疲労困憊のためだ。余裕を持った、ナイス計画だったと感謝・感謝!!
疲れで、登頂直後の記念撮影も忘れてしまったのは残念だ。後で確認するとこの辺りの写真は皆無で、疲労度合が如何に強かったか 再認識できる。

山頂には山小屋が数軒開いていて、その茶店は人で一杯だ。
少し時間が経つとやはり寒くなって来るので、山小屋「東京屋」に入り、 席が空くのを待ち、うどん・コーヒー・甘酒とそれぞれに注文する。床几に譲り合って座り、小生は缶入り甘酒をゆっくりと味わう。 山頂の値段だが、到達したお祝いとしてお腹に沁みて来る。
寒さも少し治まり、山小屋の売店で、山頂でしか売っていない物を探し、 登頂記念メタルに22年8月27日と刻印してもらい、リュックにぶら下げ登頂記念とする。
次々に登頂者が訪れるので、山小屋を出て、「ご来光」の場所取りに向かう。

○ご来光・5時05分・3750m・8℃

外は8℃と温度はそんなに低くはないが、少し風が吹くと寒い。下山道を越えた「大日岳」に向かい、一番前の絶好場所を確保し、 リュックを降ろし、ゴツゴツした岩の上に座って日の出を待つ。(4時30分)
じっと待っていると寒さがじんわりと襲って来る。上半身は厚着をしているので暖かいが、下半身はズボンだけで寒い。レインスーツを出し 上下共に着て、ネックウォーマも付ける。
周りの岩場も「ご来光」を待つ人々で満杯になって来る。寒さが身に沁みる。やがて、雲海の白濁色が段々と明るくなり、水平線ならず 雲海線の一部がオレンジ色に輝き出した。いよいよ「ご来光」だ。
5時5分、雲海から赤い頭が見え出した。ここから雲海の上に帯が伸びて来るのだろうと、隣の息子と話していると、何と赤い頭が雲海の 中をこちらに近付いて来るではないか!! 全く、予期せぬ「ご来光」に驚く以上に感動する。太陽が雲海を掻き分けて、進んで来るのだ。 ビデオだとその様が写せたのか疑問だが、迫力のある瞬間だった。

画像をクリックすると拡大します(以下の画像も同様)

前への動きを止めた太陽が上に昇り出し始めると上空の雲は茜色に輝き、きれいな模様を描いている。
段々と空が明るくなり、雲海の上に光の帯がこちらに届いて来る。「ご来光」を待ち望んでいた登山客の中から、ツァーのガイドの音頭で 「ご来光・万歳!」の大合唱が始まり、我々も一緒に声を上げる。雲海の上は青空と天候に恵まれた見事な「ご来光」だった。
「ご来光」の太陽をバックに息子と記念写真を撮ってもらう。
ご来光に沸く登山者
稜線と雲海
ご来光を背に記念写真

画像をクリックすると拡大します(以下の画像も同様)


「8合目山小屋出発〜ご来光」の「スライドショー」


○お鉢巡り・5時30分〜8時16分・3750m〜3776.2m・8℃〜20℃

素晴らしい「ご来光」を眺め、太陽を浴びての記念写真、太陽と一緒の記念撮影を撮った後、「お鉢巡り」に向かう。
富士山の火口
富士山の火口の直径は約800mで、歩行距離約3km。山頂は3776mの剣ケ峰をはじめ白山岳、久須志岳、大日岳、 伊豆ケ岳、成就ケ岳、駒ケ岳、三島岳の8つのピーク(廃仏毀釈以前は薬師、阿弥陀、文殊などと名付けられていた)がある。
この8つの峰を「八葉蓮華」(釈迦が座るハス)に例えて「お八めぐり」となったという。(富士山NET・HPより)

後で聞いたが、今回購入し、焼印を押してもらい、頼りになった杖も8角形になっているのは、これに由来するとのことだ。
「ご来光」を眺めた「大日岳」から火口の周りに向かうとその大きさに驚く。火口の中には雪が凍っているのも見られ、反対側の 高い所が最高峰だと認識し、久し振りに平坦な道を火口に沿って時計回りに進む。
反対側は雲海が広がり、太陽は少しづつ高くなっている。視野全体に雲海が広がる光景は壮観だ。
火口と雲海を眺めながら進むと 「御殿場口」の山頂の鳥居に至る。御殿場からはここに登頂するのだ。 下から数人のグループが登って来られた。やはり、しんどそうなのは「吉田口」と同じなのだろう。
「御殿場口」の広場には山小屋もあり、少し前までは郵便局も設置されていたそうだ。鳥居があり、「浅間大社奥宮」の社殿が建っている。 礼拝をする人の後ろに並び、無事に登頂したことに感謝し、下山も無事であることを祈る。
横に焼印所があるので、お願いすると焼印ではなく、インクを付けて押印だった。ここは300円と「浅間大社」のご利益が付けられていた。 押印は杖の一番上に押され、頂上踏破の証しとなる。(6:00)
視界全体が雲海
御殿場口の山頂
浅間大社奥宮

富士山の最高峰に向かう。この辺りになると人も少なくなり、ゆっくりと火口と雲海を眺めながら進むことが出来る。 方角的にはこの雲海の下に駿河湾が広がり、伊豆半島が見られるのではと思うが、生憎、雲海が視野を遮ってしまう。
駿河湾側の雲海
岩陰で朝食
この時は 雲海が晴れて、富士山の稜線・裾野・駿河湾・伊豆半島が眺められれば最高なのだと勝手な願望が沸いてしまう。本当に、富士山の 周りは全て雲海に覆われていることを実感する。
6時も過ぎたので、火口を見下ろす岩場の陰で朝食にする。「元祖室」で昨夜もらっていた弁当を広げ、青空・火口を見ながら 素朴な弁当をいただく。空気も美味しくしっかりと。
食事を食べていると1匹の蜂が飛んで来る。登山してから、植物は見たが、動物を見るのは初めてだと話しながら。やはり、富士山の 厳しい環境では動物は生活出来ないのだろう。なのに、この蜂はどうして・・・・!?
ここで、上に着ていたレインウェアを脱ぎ、ゆっくりと山頂の空気を堪能する。静かな時間が流れるようだ。(6:10-6:50)
さあ、いよいよ富士山の最高峰に向かう。
富士山最高峰での記念撮影 説明
久し振りの急坂・馬の背を登る。真夜中の登りは景観を楽しめず苦しかったが、朝の登坂は青空・火口・雲海が眺められ、目的地も はっきりと分かるので気持ち良く進める。しかし、ガレ道の急坂は滑り易く杖をしっかりと突いていかねばならない。
影富士
馬の背を登り切り、「剣ケ峰」に到着するが、「日本最高峰」碑と写真を写す人の列が長く、順番待ちをする。後から来たツァーの 団体も後ろに並び長蛇の列だ。ツァーガイドが碑の所まで登り、写真撮影の手伝いをし始めたので、10数分待って最高峰碑(3775.6m)と 一緒に記念撮影をしてもらう。
富士山の最高地点(3776.2m)は、この碑から数メートル離れた岩場とのことで、その上に立って青空をバックに写してもらう。
その横に展望台があるので、ここも順番を待ち登るとそこには「影富士」がはっきりと見えるではないか。「ご来光」の後、直ぐに 最高峰に行けば、「影富士」が見えるだろうと話していたが、それから2時間近く経っていたので、期待していなかったので嬉しい サプライズだ。
「ご来光」直後だと、東から昇る太陽の光で、富士山の影が西側の雲海の上に「影富士」として、長く伸びていたと想像し、 短い影を頭の中で伸ばす。「影富士」が見られて良かった!!
向こうの雲海の中にそびえる「八ケ岳」の姿もなかなかのものだ。日本のてっぺんからの展望をしばし楽しみ、堪能する。
剣ケ峰への馬の背
富士山の最高地点(3776.2m)
雲海の中の八ケ岳

富士山の最高峰を踏破し、火口の残り半分をゆっくりと楽しみながら廻る。
青空が気持ち良く、圧倒される火口の景観を眺めながら、色々な火口の顔を味わう。雪も残る火口の縁のアップダウンを楽しみながら進むが、 やはり、昨夜からの疲労が出て来るようで、適当に休憩しながら廻る。暑くなって来たので、ウインドブレーカー・フリースを脱ぎ、涼風を楽しむ。
お鉢巡りの道
最高峰を望む
雲海に向かって
青空と
深い火口

約2時間半の「お鉢巡り」の後、昨夜、真っ暗な中を登り切った「吉田口山頂」に到達する。昨夜は分からなかった鳥居や「久須志神社」を 明るい中で眺める。 上から見ると鳥居を抜ける最後の坂はきついのが、改めて分かる。この坂を登り切って登頂した感動を思い出す。
「久須志神社」に目礼し、山頂の広場に行くと山小屋の前にはお土産品を並べて、夜中の雰囲気とは大違いだ。夜明け前に休憩した 「東京屋」も人も少なく閑散としている。
山頂のトイレで用を足し、上に着込んだヒートテックのシャツも脱いで、Tシャツに長袖シャツ姿になり、下山に備える。
吉田口山頂の鳥居
久須志神社
閑散とした山小屋


○下山開始・8時16分・3750m・20℃

8時16分、下山を開始する。「お鉢巡り」の時、気温の計測を忘れていたが、ここでは早くも20℃になっている。夜明けの気温に比べると 随分高くなったものだ。
富士登山された方の登山記を読むと大多数の方が、下りの厳しさを伝えられている。今までの歩行で、メンバーそれぞれが足の何処かを 痛めているので、覚悟して下ることにする。
きつい下山道
砂埃が多いのでマスクをし、下り始めるが、眼鏡が曇るのでマスクを外して滑り易いジグザグのガレ道を下る。登り道は岩場がほとんどだが、 下りは全て火山の小石・砂のガレで、下が岩の部分は滑り易く、杖を上手く使いながら進まねばならない。
計画表では下山開始は8時で、ほぼ計画通り出発したことになる。途中の本8合目の登山道と合流する所まで1時間の予定だ。
荒涼たるザラザラの単調な道を黙々と下る。気分的にも高揚感はなく、景観も赤茶けた山肌ばかりで、登り道の期待感とは違った気持ちが 余計に疲労感を増すようだ。
下からブルトーザーが登って来る。山小屋に食料・資材を運搬するようで、ガレ道をかき混ぜてキャタビラの跡を深く残し、余計に歩き難くしている。
本8合目には予定通り1時間で降り、トイレ休憩する。(9:15)

ここから「吉田口コース」と「須走口コース」と別れる。
この1時間の下りの疲労が、これからの行程に大きな負担となり、足の痛みでペースは遅くなり、ジグザグ道の角を2つ曲がる度に一息入れる ほど、足腰にこたえて来る。休憩も立っていると次の一歩は問題ないが、リュックを降ろして座って休むと、立ちあがった時は足元がフラフラし 第一歩で力が入らず、尻もちをつくことが再三ある。きつい!!
ゆっくりとしたペースで降りているので、後からの人に追い抜かれる。登り道でも感じていたが、富士登山する外国人が多いのに 驚く。特に西欧人が多いようで、元気良く降りて行くのを見送ることが多い。
我々と同じようなグループもあり、休憩中に追い抜かれ、その人達が休憩している間に追い抜くことを繰り返す。
幅8-10mの下り道を真っ直ぐ降りるのではなく、その幅の中をジグザグに歩くので、距離・時間はかかる。途中からガスが出て来て、 風が吹き、周りが見えなくなる時もあるが、言葉少なく黙々と下る。
ブルトーザーの道
荒涼とした下山道
ジグザグ降り


「お鉢巡り〜下山」の「スライドショー」


下り道は思ったより長く、遠回りをしているので6合目まで行くのに距離がある。下り坂から平坦な道になるが、 山裾を迂回するように進み、最後は谷越えで6合目に行くので、急な下り、急な登りに悲鳴が上がる。
富士山登頂・予定vs実績
谷越えの前に馬が2頭、客待ちしている。5合目まで12000円とのこでパスだ。
この辺りの写真は全くない。写真も気分が良く、疲労度が 少ない時にしか写せないことが良く分かる。(帰るまで写真はなかったのは残念)
やっとのことで6合目に到達し、登り道の時に通った所に出てホッとする。
馬車を探すが見つからず、5合目の駐車場まで歩かねば ならない。歩幅も短くなり、ゆっくりと下り、やっと、出発した5合目登山口に到着する。(14:10)
予定では本8合目から2時間20分で下るのを倍の5時間かかった。予定の12時到着から2時間以上の遅れと難航した訳だ。
売店のベンチに座り、ソフトクリームを食べる。甘くて、冷たくて美味しい。冷たいお茶を買ってきていただき、グッと飲む。生き返るようだ。
とうとう、富士登山を完全踏破した感激が疲れをふっ飛ばすと行きたい所だが、足を引きづりながら車に戻る。
本8合目の「元祖室」を出発して、富士山の最高峰を踏破し、下山までの歩数は27000歩だった。「中山道」紀行でも、これ位の歩数は 歩いているが、やはり登山・下山の疲労度は比べ物にならない位くるしいものだった。
今回の「富士山登山・予定vs実績」表を見てみると、登り・「お鉢巡り」はほぼ予定通りだったが、下り道の後半が予定オーバーと明らかで、 下り道の疲労度が如何に厳しかったか、良く分かる。

本来なら、何処かの「立ち寄り湯」で、汗と砂を流して、家族の待つ河口湖のホテルに行く予定だったが、時間が遅くなったので直接 ホテルに向かうが、途中、豪雨に襲われ、下山途中だったら大変だったと。
スーパーでビールとつまみを買い、ホテルに到着すると孫達の歓声に 迎えられる。一風呂浴び、ビールで「富士登山・踏破」の乾杯をする。

(小生のカメラで写せなかった場所や暗闇のアングルはKさんや息子の写真を流用させてもらっています。)


[出発〜8合目山小屋][8合目山小屋〜山頂〜下山][下山〜河口湖]








    
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